あしたのゆめ。

今日が終わる約三時間前。
私は明日の夢から目覚めた。
眠りについた時には薄暗かった空も、
今では真っ暗になってところどころに星が煌いてる。
だけど変わったのは外の世界でだけ、
この部屋は灯りをつける事さえされていなかった。
無地の青いカーテンも、電池が切れたまま時計も、
何一つとして部屋の時間を動かしてはいなかった。

「目、覚めた？」

暗闇から降り注ぐ、あなたの声。
低くて安心する声だけが、この世界が止まってない事を知らせるような、声。
手を伸ばせば、ちゃんとあなたの体温に触れられる。
きゅぅ、と手を握ると、ぎゅ、と握り返される。
それだけが嬉しくて。

「夢を見たの」
「どんな？」
「何の変哲もない、明日の夢」

ぽつり、ぽつりと、
幼い頃の記憶を掘り出すように、言葉を紡ぐ。
それはうわごとのようでもあったし、
あなたに伝えなくちゃいけない、大切な事のようでもあった。
（だけど夢っていうのは不確かな記憶だから、
　あなたに全部話してからじゃないと何だかわからない）

「明日ね、朝、目覚めるの。このベッドで。」
「うん」
「あたしはいつものように起きて、顔を洗って、変わらない日常をはじめるの」

「でも、そこにあなたはいないの」

ぎゅ、とあなたの手を強く握り締める。
今から言う言葉は、あたしが見た明日の夢。
単なる、夢の話だよ、と付け加えて。

「あたしは、一生懸命あなたを探したの」

「世界中、全部探したの」

「でも、あなたはいないの」

記憶の糸を結びつけるように、
ひとつひとつ、確かに感じた事、
全部を繋ぎ止めるのは不可能だけど、
今のあたしが覚えてる、
明日の夢。

「明日の夢が終わる頃、やっと気づく」

「あなたが、消えてしまった事に」

「それで、終わり」

自分の中で完結させる。
これは、夢であって、
あなたには夢の話をしただけであって、
それ以上の意味は、ない、と。

それなのに。

「あたしは…一人なの」

止まらない、言葉。
（これを想いと呼べば綺麗ですか）

「この、暗い部屋に、一人なの」

夢、だと分かっているはずなのに、
不安で、怖くてしょうがない。
涙が、嗚咽が体の中からわきあがってくる。

「消えない、よね？」

さっきから一言も喋らないあなたに
要求された答えはひとつしか用意されていない質問。

「あたしを置いて、行かないよね？」

「どこか、遠くに行ってしまわないよね？」

あたしの手が震える。
あなたの姿なんて見えない。
今のあなたを確かにするのは、
おぼろげな、体温だけ。

「ねえ…！」
「行かないよ」

あなたが発した一言で、あたしは安定を取り戻す。
夢だ。あれは、単なる、あたしの、夢。
そう言い聞かせて、今ここにある温もりを、優しく感じる。

「ずっと、そばにいるから」

あたしの大好きなあなたの手が
あたしの柔らかい髪を撫でる。
その仕草が愛しくて、その手に委ねる。

「おやすみ」

泣き止まない幼児をあやすように、
あたしは眠りへと誘われていく。
今まで寝ていたのに、もう眠れてしまう、不思議。
それがあなたの魔法なんだね。



夜が過ぎて、また、朝がくる。
ぼんやりとした青い光の中、目を覚ました。

そして、やっと気づいた事は、
明日の夢は、「夢」であり、「明日」であった事。
それから、
あなたの最後の優しい嘘。

それとも、もしかしたら、全てが夢だったのかもしれない。

だって、そうでなかったら、
こんなにあなたがあたしの事、わかってるはずないもの。

あなたとあたしは、別々の人間で、
二人は違う人間だからこそ
出会えた。
惹かれ合った。
そして
愛し合った。

他人の気持ちを全部分かろうだなんて
そんなのいらない。
分かったらそれ以上なんて求められない。

だから、
きっと、
これが、
夢。

だけど
感じた体温は
この手が握り締めた
昨夜のあの温もりは
紛れも無い、本物。

それだけで、いい。
それだけで、充分。

あなたを想って
頬を伝う涙が
本物であれば、いい。


後書き。
ノリ的にはちょっと49日をイメージしてみました。
（死んだ人間が49日は地上にいる、ていうあれ）
だけど友人にはそんなことないって言われたもの。
実際読んでみるとそうでもなかった。笑

突然「明日の夢」って単語が思いついて出来た一作。
ちょっと空っぽな感じで書いてみました。