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嘘色エゴイズム。
薄汚れた世界の真ん中で、眩い過去を想っていた。
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じわりと汗ばむ暑さに急かされるように、
あたしは目を覚ました。

 

ほどかれた髪は首筋にまとわりついて、
薄っすらと汗をかいていた。

ああ、良く寝てしまっていたんだ。

窓の外では物干し竿を売るスピーカーの音や
電線からとびだっていくすずめたちの声がする。

不快さ、は微塵もなくて
満ち足りた昼寝から目覚めた爽快感があった。

なのに、どこか、何かひっかかる違和感を感じた。

何か必要なパーツが足りないのに、
満ち足りてしまっているような。

ただ、それも含めて
いわゆる、心地良い目覚めだった。


長い長い夢を見ていた気がする。
悲しくて、もどかしくて、どうしようもないくらいに心が痛くて、
もう一生抜け出せない真っ暗な迷路に嵌ってしまったような、
そんな、こわい夢を見ていた気がする。

でも、もうあたしの意識から抜け落ちてしまった。
夢っていうのは本当に卑怯なやつで、
起きた瞬間に足音も立てずに一瞬で消え去っていく。

忘れたくない夢も、忘れてしまう。
どんなに悲しい夢も、どんなに幸せな夢も、
一瞬で褪せてしまう。


それでも、
今はそれでいい気がした。


布団から起き上がって、
窓を少し開けてみた。

すると、眩しすぎるほどの太陽と
初夏を思わせる爽やかな風が
ふうわりと部屋の中へすべりこんでくる。


ああ、そうか。
もう夏がくるんだ。


心地良い目覚めの一因を理解して、
ゆっくりと微笑んで、
静かに振り返った。

 

「ねえ、もう夏がく ―――― 」

 

(ゴォォォォォォ、と
空高くに飛んでいく飛行機の音が
あたしの世界からすべての音を奪っていく。)

あたしの隣に寝ているはずのあなたが。
あなたが寝ているはずのベッドが。
あなたがアラームかけているはずの携帯が。
正しい寝息をたてているはずのあなたが。


(初夏の風が強く、カーテンをなびかせて室内に入ってくる。
あたしは呆然と風に吹かれながら
何もできずに、立ち尽くしていた。)

 

どこにも、いなくて。

 


違和感がするすると音を立てて流れて、
どこか腑に落ちたような、安堵感を覚えた。


ああ、そっかあ、って。
なんだ、そんなことだったのか、って。

 

ずっと涙の日々が続いた。

この部屋にはもうあなたが生活していた痕跡すらなくて、
きっとあなたがここにいた証拠は
この曖昧な言葉でしか表せない記憶だけで
でもきっとそれすらもあたしはなくしていって
あなたを忘れたくないのにあなたはどこにもいなくて
もう本当に一生会えなくて。


何が悲しいのかすら分からなかった。
ただひたすら涙を流して、
涙を流す分だけ、あなたとの記憶が零れ落ちていって、
ぽろぽろぽろぽろと、
あたしはそれを留める術がなくて、
それが悲しくてまた泣いて。


ああ、そうか。
多分夢の中であなたに会えたんだと思う。

本当の、お別れを、しにきたんだと思う。

覚えてないけど、
留めておけないけど、
だからこそ夢の中で
あなたに会えたんだと思う。

 


そして、きっと、
あの優しい声色でこういったんだ。

『夏がくるね』と。

 

湿気と熱気を孕んだ風は
次第に街を満たしていく。
雲は次第に輪郭をはっきりさせて、
空はもっともっと青くなっていく。

あなたが愛した夏がくる。
あたしの愛しい夏がくる。





後書。
久しぶりに短編です。
感覚が鈍っていることは承知の上で、
創作の衝動が抑え切れなかった。

最近ぐっと抑えて後で盛り上げるという手法を取り入れたくて
頑張ってみた。 け ど まだまだです。

ああ。
今年も夏がきますねー。

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