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嘘色エゴイズム。
薄汚れた世界の真ん中で、眩い過去を想っていた。
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前略。


随分とお久しぶりです。
元気にしていますか。
お変わりありませんか。

こちらは、と言えば
吐く息は白く、指先は赤く悴み、
街を巡る風も冷たくなり、
街中がイルミネーションに輝き、
スーパーでは鏡餅の販売も始まりました。
もうすっかり冬になってしまいました。
あなたとさいごに見た紅い細い花も
今は跡形もなく土へ帰ってしまいました。

ああ、そうそう。
今年はどうやら新型インフルエンザウイルスが流行ったら
随分と危ない状況になるらしいです。
発症した地区の小中学校が休みになる、だとか
その地区の電車が運休になる、だとか
いろんな話を聞きます。
風邪をひきやすく、体調を崩しやすいあなたのことだから、
ここにいたらすぐにでも私の腕を引っ張って
予防注射に行くんでしょうね。
私はどうせまた今年も面倒臭がっていきません。
だって、それで一度もインフルエンザにやられたことがないんですから。

それから、アルバイトを辞めました。
今では新しいアルバイトを始めています。
前がコンビニの店員だったのに、今度はスーパーのレジ打ちです。
あまり変らないのが、私らしさなのかもしれません。
家の近所の、火曜日が特売のスーパーです。
火曜日は授業がないから昼間もシフトが入っているのですが、とても忙しいです。
あ、そうだ、もっと解りやすく言えば、
ゼリーが食べたくなった時に、あなたを引っ張っていった、あのスーパーです。
今ではゼリーは少し量が減ってしまって残念ですけど、
今でも食べたくなったらあのスーパーに駆け込みます。
やっぱりミックスが一番お得だと思うのです。それは今でも変りません。

あと、あなたの好きだった、角のラーメン屋さん。
なくなってしまいました。
一年前くらいにオープンしたのに、もう撤退してしまいました。
こってりとしたとんこつラーメンを、よく一緒に食べにいったのを、覚えていますか。
大体私が食べ切れなくて、あなたは一人前以上を食べることになる。
それでも、あのラーメン屋さんのチャーハンは本当に美味しかったと思います。
建物自体はなくなっていませんが、今では韓国料理のお店になってしまいました。


一緒に行こうと言っていた印象派展も終わってしまいました。
あなたと歩いた砂利道も舗装されてしまいました。
初めてデートした公園もマンションが建ってしまいました。
あなたが気にしていた事件もとっくに解決されました。

時間は流れ、人は流れます。

私が持っているものは
歩みを止めることを許してくれません。

そして、それは、あなたがなくしてしまったものです。


あなたの温もりを忘れてきました。
あなたの声が薄れてきました。
あなたの笑顔が霞んできました。

あなたが、遠くなってきました。


もう二度と歩むことが出来ないあなたに
もう触れることは叶いません。
もう声を聞くことは叶いません。
もう顔を見ることは叶いません。

きっと、忘れてしまったら
あなたのパーツを思い出すことも叶いません。


忘れることは、とてもこわいです。
薄れて、霞んで、遠くなって、消えてしまうのです。

だけど、そんなものは記録しようと思えば記録出来まます。
ビデオでも、写真でも、録音でも、何でもすればいいのです。
形にできるものはやがて消えてしまう運命なのだから。


それでも、消えないものがあります。

言葉では、到底語りえることが出来ないものたち。

ただ一言あなたに言えるとしたら、

“あなたがいたから、わたしは生きてこられました。”

あなたに出会って、
あなたに恋をして、
あなたと愛し合って、
あなたと分かち合いました。

『あなたと出会えてなかったら』、
わたしはわたしではありませんでした。

私の中で確かに感じるあなたは、
私の人生に確かに介入してきました。
そして、私の人生を鮮やかに彩りました。

それはれっきとした事実として、
ふと振り返れば、この道に色とりどりの花を咲かせてきました。



いつの日かまた出会えると、信じさせてください。
そうすれば、あなたが豊かにした心が、
私をずっと支えてくれる。



あなたを愛することができてよかった。
あなたに愛されてよかった。


もう二度と私はこの手紙を目にすることは出来ないけど、
いつか、いつでも良いから、便りをくださると嬉しいです。
「待っている」、ただその一言だけでも、構いません。



P.S
紅く細い花弁の花を
あなたに贈ります。




「…では、さいごのお別れを…」

黒い服の集団が、一つの箱に群れている。
人々の手には、一枚の布切れと、死者に贈る最後の贈り物。
人々の口からは、嗚咽と別れの言葉。
弔いの時。
黒服を纏った人々が一人ずつ、贈り物を手に最後の別れを告げる。

最後の一人。
若い女性が、布切れも持たずに、
一通の紅い花のシールで閉じられた便箋を静かに箱に収めた。

「…またね」

箱は静かに閉じられ、扉の向こうへと行ってしまう。
彼女だけは、一滴の涙も零さず、僕を見送ってくれた。
…僕?ああ、そうか、僕は…

昼間のまどろんだ感覚が、僕を襲う。
これから僕は、長い長い夢を見る。
彼女を待ち続けるための。

ああ、そうだその前に、手紙を一枚書かないと…
じゃあ、この花弁に託そう…
ただ一言だけ…

色とりどりの花びらが舞い散る情景の向こうで
さいごのさいごに花弁を受け取った彼女と目が合った。
…気がした。
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